ノーベル平和賞と環境について(私見)―04.12.13記述

ここに書かれているのはあくまでも「管理人の私見」です。鵜呑みにしないでください。

題名だけではこの内容が分かる方は少ないと思うので、まずは概略を説明します。

10月初めに今年度のノーベル平和賞の受賞者が決定しました。受賞者はケニアの「環境・資源・野生動物省」(長い名前で覚え辛いです・・・)の女性副大臣「ワンガリ・マータイ」氏に決定したそうです。
この方は報道筋によると、ケニア国内に留まらずアフリカ全土で緑化運動を行っていたそうで、その功績がノーベル財団に認められたそうです。その功績というのは「グリーンベルト運動」といわれる植林活動をなんと30年近くも続け、3000万本以上の苗木を植樹したというそうです。
環境問題なども今では、「緑化→地球の平和」として認められる時代になった良い実例と言えるでしょう(一部略、改定引用)

私はこれに関して文句を言うつもりは一切ありません。地球環境を少しでも良い形にしようとすることは正しいですし、その功績は認められて然るべきだと思います。しかし、私はこの後の記述に関しては違和感を覚えました。

(中略)
日本は植林などの緑化先進国です。
10万本の苗木を植栽し、都市の中に72万坪もの広大な緑地・明治神宮を作り上げたのは80年も前です。日本の緑化面積は世界に誇る「70%」。しかし、内「40%」は人工林であることも事実です。
現在は外国産の安い木材が主流であることもあり、若者の林業離れが進んでいます。(一部略・改定)
※ここからは全文引用です。
市場経済至上主義の桎梏の中で呻吟する日本林業の建て直しに、「緑化」は世界平和に貢献するのだというノーベル賞のお墨付きを何とかいかせないものだろうか。

何か変ではありませんか、この説明は?
確かに日本は緑地面積が広いですし、自然も「一見」豊富です。世界遺産に登録されている自然も日本国内に多くあります。しかし、日本の植林は、特に「政府が行う植林」は、売却価格の高い「スギ」や「ヒノキ」などの針葉樹です。これはすぐに成長しますし木材としての価値も高いです。ですが、根を浅くしか張らないため豪雨や風害、台風で簡単に倒れます。もちろん水を蓄える力や土壌を支える力も広葉樹の「ブナ」や「ツツジ」、「ケヤキ」といったものには格段に劣ります。おまけに「すぎ花粉」による花粉症という人体への被害まであります。

つまり、日本の植林行政は「金儲け」がメインなんです。もちろん、海外では日本のNGOが日夜地道に植林活動をしています。しかし、日本の国内では、これは一昔前の話ですが、自然の力で出来た森は切り倒され、その跡地には材木としての価値しかない木が植えられたり、「ゴルフ場」・「スキー場」などの広大なレジャー施設に変わってしまったわけです。現在はバブルの崩壊によりこのような事態はあまりありませんが、一度壊してしまった自然は簡単には戻りません。

「ワンガリ・マータイ」氏の植林活動は純粋に国土と自然の復興のための活動です。これに対して、日本の植林事業は未来を見ない一時的なもの。

「10万本の苗木を植栽し、都市の中に72万坪もの広大な緑地を作った」その精神は今の国にはないのでしょうか?

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